形容詞を巡る問い(3)――なされるべきことの整理(1)

問いを分割、整理する

前回前々回の記事で話をあれこれ広げてしまったが、結局自分が最終的に主張したいことは何なのか、と言われると、大変恥ずかしいことに、よく分からないのである。こんな体たらくでよく修士論文が書けたものだと自分でも呆れてしまうが、幾つか言い訳をさせていただきたい。ひとつに、このテーマに関して、先行研究が極めて乏しい、というかほぼ皆無同然で、論文等で定番の「○○の理論ではこういう点が説明できないが、私の理論ではそれが説明できる(し、さらにはこの問題も解決できる)」という定石の論法さえままらなかった、というのがある。それともうひとつ、このテーマに関わってくる問題があまりに広かったのというのがある。テーマの選び方が悪かったのもあるが、そもそも、問題を分割するということが今までろくに出来てなかったのだと思う。「困難は分割せよ」といった趣旨のことをデカルトが『方法序説』で書いているが、全く仰るとおりと言う外ない。という訳で、今までの記事で述べてきたことをもとに、論としての構成はひとまずさておいて、問われるべき問いを分割、整理して列挙することとした。 “形容詞を巡る問い(3)――なされるべきことの整理(1)” の続きを読む

憎しみのエネルギー、悪徳の礼讃

「自分を嫌う人間は自分に対するエネルギーが半端でない」、ポジティブ人間の代表とも言えるイチローの口から語られたこの信念が、ネガティブさにおいて他の追随を許さない思想家、エミール・シオランのそれと興味深い一致を示していることを、単なる偶然として片付けるのは早計であろう。 “憎しみのエネルギー、悪徳の礼讃” の続きを読む

形容詞を巡る問い(2)――部分的読みに関する伝統的説明の検討

2020/04/29 ドイツ語の誤訳を一部修正しました。

前回のおさらい

前回の話を要約すると、こうなる。

  • mésos「真ん中」という形容詞が冠詞を伴う名詞を修飾するとき、置かれる位置によって次のような意味の差異が生じる。
(1) mésē1mésosの女性単数主格形 pólis
the middle polis
「中心のポリス」
(2) mésē pólis
middle the polis
「ポリスの中心」

前回でも言った通り、(2)での読みを「部分的読み」と呼ぶこととするが、どうして一部の形容詞では、この位置に置かれるとそのような読みになるのだろうか、というのが、初めに提示された疑問なのであった。 “形容詞を巡る問い(2)――部分的読みに関する伝統的説明の検討” の続きを読む

形容詞を巡る問い(1)――まずは自分の研究について

僕の修士時代の研究テーマは、ざっくり言えば古代ギリシャ語の形容詞であったのだが、とりわけ、修士課程の在籍期間の大半を、「中心」という意味である形容詞mésosのことを考えて過ごしていた。どうしてそんなことになったのかというのは後ほど説明するとして、まず、古代ギリシャ語、特に紀元前4世紀頃のアテーナイ(今のアテネ)で用いられていた古典ギリシャ語の形容詞がどういうものだったのかを簡単に説明する。 “形容詞を巡る問い(1)――まずは自分の研究について” の続きを読む

一労働基準監督官としての所感――刑事捜査を例として――

刑事訴訟法第189条第2項には、こうある。

 司法警察職員は、犯罪があると思料するときは、犯人及び証拠を捜査するものとする。

ところで、労働基準法、労働安全衛生法には、それぞれ次のように定められている。

 労働基準法第102条 労働基準監督官は、この法律違反の罪について、刑事訴訟法に規定する司法警察員の職務を行う。
労働安全衛生法第92条 労働基準監督官は、この法律の規定に違反する罪について、刑事訴訟法(昭和二十三年法律第百三十一号)に規定する司法警察員の職務を行う。

ここにおいて、司法警察員は、差し当たり司法警察職員と同義と解してよい。となれば、結局のところ労働基準監督官は、労働基準法や労働安全衛生法等の違反の罪について、捜査を行う権限を持っているわけである。このように、通常の警察官ではないが、警察官と同等の権限を有する公務員を、特別司法警察職員と呼んだりもする。 “一労働基準監督官としての所感――刑事捜査を例として――” の続きを読む