健康保険の被扶養者認定要件について

健康保険の被扶養者になるための要件として、被扶養者になろうとする者(認定対象者)の年収が130万円未満であるというのがある。この額以上の年収になると、被保険者の扶養から外れ、認定対象者自身が健康保険の被保険者として健康保険料を負担しなければならなくなる(=手取りが減る)ことから、俗に「130万円の壁」と呼ばれており、家計全体の可処分所得を下げたり、人手不足を加速させる要因となっている[1](ちなみに、「103万円の壁」と呼ばれるものは、配偶者が所得税を課されるようになる年収のことをいうので、混同に注意)。

上記要件について、社労士事務所における実務上様々な疑問が生じたため、簡単に整理をしておきたいと思い、本記事を書いた。

問題

  1. なぜ「年収」は130万円未満でなければならないのか
  2. 「年収」とは、認定時点から過去1年の年収のことをいうのか、それともこれから1年の年収見込みのことをいうのか
  3. 「年収」として認定される収入として、何が含まれるのか

1.について、法令に特段の根拠はなく(健康保険法には、「主としてその被保険者により生計を維持するもの」という文言しかない。同法第3条第7項。)、「収入がある者についての被扶養者の認定について」(昭和52年4月6日保発第9号・庁保発第9号)という通達が直接の根拠となる。本通達には、次のとおり記されている。

1 被扶養者としての届出に係る者(以下「認定対象者」という。)が被保険者と同一世帯に属している場合

(1) 認定対象者の年間収入が一三〇万円未満(認定対象者が六〇歳以上の者である場合又は概ね厚生年金保険法による障害厚生年金の受給要件に該当する程度の障害者である場合にあっては一八〇万円未満)であって、かつ、被保険者の年間収入の二分の一未満である場合は、原則として被扶養者に該当するものとすること。

2.については、これらを根拠づける法令や通達、事務連絡を見つけることができなかった。ただ、日本年金機構のWebサイトで、次のような記述が確認できた[2]。

※1 年間収入とは、過去の収入のことではなく、被扶養者に該当する時点および認定された日以降の年間の見込み収入額のことをいいます。(給与所得等の収入がある場合、月額108,333円以下、雇用保険等の受給者の場合、日額3,611円以下であれば要件を満たします。)

3.について、日本年金機構あての疑義照会に対し「健康保険の扶養認定基準については、昭和52年4月6日保発第9号・庁険発第9号により、収入基準を定めているところであり、収入の算定については、昭和61年4月1日庁保険発第18号と同様の扱いをしているところです。」というような回答があり[3]、ここに示されている昭和61年4月1日庁保険発第18号通達を見ると、以下のように規定されている(もっとも、この通達は国民年金法の運用にかかるものである)。

3 「年間収入」とは、認定対象者が被扶養配偶者に該当する時点での恒常的な収入の状況により算定すること。したがつて、一般的には、前年の収入によつて現在の状況を判断しても差し支えないが、この場合は、算定された年間収入が今後とも同水準で得られると認められることが前提であること。

なお、収入の算定に当たつては、次の取扱いによること。

(1) 恒常的な収入には、恩給、年金、給与所得、傷病手当金、失業給付金、資産所得等の収入で、継続して入るもの(又はその予定のもの)がすべて含まれること。

(2) 恒常的な収入のうち資産所得、事業所得などで所得を得るために経費を要するものについては、社会通念上明らかに当該所得を得るために必要と認められる経費に限りその実額を総額から控除し、当該控除後の額をもつて収入とすること。

(3) 給与所得(給与、年金、恩給等)は、控除前の総額を収入とすること。

ついでに言うと、日本年金機構のWebサイトにも、同様の記述が見られた[4]。

※1 年収とは、給与収入、事業収入、地代・家賃収入などの財産収入、老齢・障害・遺族年金などの公的年金、雇用保険の失業給付、健康保険の傷病手当金や出産手当金のことをいいます。

以上から、1.と3.は根拠となる通達があるという結論に至ったが(もっとも、3.に関しては、国民年金法の運用に関する通達を素朴に健康保険法に適用していることへの疑問が拭えない)、問題は2.である。これは何を根拠としているのだろうか。間接的ではあるが、総務省の行政改善推進会議によるあっせん事例のプレスリリース[5]の中に、運用の実態を窺い知ることのできる記述があった。

制度の概要と実状

(1)健康保険の被扶養者の範囲 主として被保険者の収入で生計を維持している75歳未満(後期高齢者医療の被保険者とならない)の人で、配偶者や子、孫等の条件に照らし合わせて認定されています。

(2)「主として被保険者の収入で生計を維持している。」状態とは 被扶養者として認定されるための条件の一つである「主として被保険者の収入で生計を維持している。」状態とは、①年収が130万円未満である、②別居の場合は仕送り額で判断する、③60歳以上の人は年収180万円未満となるなどの場合ですが、あくまで目安であり、機械的に一律に適用されるのではなく、世帯の生計状況から総合的に考えて、実情に応じた認定を行うこととされています。

(3)「年収」とは 被扶養者認定に関する認定基準については、日本年金機構が策定している業務マニュアルにおいて、「認定基準における年収とは、過去における収入のことではなく、扶養の事実が発生した日以降の年間の見込み収入額のことをいいます。雇用保険の給付を受ける場合の扶養認定では、年収基準である130万円を360日で除した額を日額基準として判断する(日額3,611円以下)。」と記載されており、職員はこの基準等を参考に説明しています。

ということで、どうやら日本年金機構が策定している業務マニュアルには少なくとも、「認定基準における年収とは、過去における収入のことではなく、扶養の事実が発生した日以降の年間の見込み収入額」であること、「雇用保険の給付を受ける場合の扶養認定では、年収基準である130万円を360日で除した額を日額基準として判断する(日額3,611円以下)」ことが規定されていることが窺われる。おそらく、これ以上のはっきりした根拠は存在しない。

なお、上記で検討した認定基準は、全国健康保険協会、いわゆる協会けんぽが準拠しているものであるが、管見の限り、ほとんどの健康保険組合や共済組合が、同様の認定基準で被扶養者の認定事務を行なっているようである(例は挙げるときりがないので略)。

以下私見。現状このような、法令や通達等の根拠を欠く運用は大きな問題をはらんでいると言わざるを得ない。ひとつに、健康保険の被扶養者に該当するか否かの認定は、保険料の負担額に影響を及ぼすばかりでなく、もし被扶養者に該当しないとなると、例えば高額療養費の世帯合算の制度が利用できなくなる不利益に加え、当該者は国民健康保険へ加入しない限り全額負担による診療を受けざるを得なくなることから、一般的な家計において被扶養者認定は重大な関心ごとであるからである。

次に、最高裁判所第三小法廷令和4年12月13日判決で、健康保険被扶養者認定通知の処分性を認定されており、さらに、宇賀克也裁判官による以下のような反対意見が付されている。

本案判断について、原判決は、健康保険法は、被扶養者に該当するか否かの判断における年間収入の算定方法については、各保険者の合理的な裁量判断に委ねたものと解さざるを得ないとし、自営業者の年間収入について、売上原価を差し引く前の売上高により算定することが、健康保険組合に与えられた裁量を逸脱し、違法であるとは直ちにいえないと判示している。しかしながら、各保険者に、被扶養者に該当するか否かについての要件裁量が認められているとは解されないことからすると、原審の上記判断は是認できない。

要するに、被扶養者認定に際し各保険者の裁量を認めず、保険者によらない画一的な要件のもと認定業務がなされるべき、というわけである。筆者もこの意見に同調したい。

最後に、法律論とはややかけ離れるが、年間収入を、被扶養者に該当する時点および認定された日以降の年間の見込み収入額と定義しておきながら、雇用保険の失業等給付の日額が3,612円以上になった時点で扶養から外れるというのは、受給者の所定給付日数が360日以上になることはないのを鑑みると(現状、所定給付日数の最大日数は360日で、これに該当するのは被保険者であった期間が1年以上の就職困難者のみである)、奇妙な話である(もともと、本記事を書いたきっかけは、雇用保険に関するこのような取扱への違和感であった)。もっとも、求職者の大半は最終的に就職が決まり、就職後に失業等給付の日額と同程度の日額を得る見込みがあると考えれば、確かに上記取扱は話が通っているが、しかしそうであるなら、待機期間中もその経過後は失業等給付を受給できることが確実なのであるから、待機期間中に被扶養者認定が可能である現行の運用と平仄が合わないように思われる。

参考文献

[1] 芝田文男. 年金制度の2つの年収の壁問題について. 産大法学 58巻 1 号 (2024).

[2] 日本年金機構.「従業員(健康保険・厚生年金保険の被保険者)が家族を被扶養者にするとき、被扶養者に異動があったときの手続き」. https://www.nenkin.go.jp/service/kounen/tekiyo/hihokensha1/20141202.html. 2024年4月29日閲覧.

[3] 日本年金機構. 「疑義照会回答(厚生年金保険 適用)」.https://www.nenkin.go.jp/service/seidozenpan/gigishokai.files/kounen_tekiyou.pdf. 2024年4月30日閲覧.

[4] 日本年金機構. 「被扶養者になれるのは、下図の範囲の方です」. https://www.kyoukaikenpo.or.jp/~/media/Files/honbu/250523/200928/ghifuchousaura.pdf. 2024年4月29日閲覧.

[5] 総務省.「健康保険被扶養者の認定に関する説明の改善をあっせん」.https://www.soumu.go.jp/kanku/kanto/pdf/110113_1.pdf. 2024年4月29日閲覧.

[6] TKCローライブラリー 新・判例解説 Watch. 「健康保険被扶養者認定通知の処分性およびそれに対する不服申立て」. http://lex.lawlibrary.jp/commentary/pdf/z18817009-00-022402343_tkc.pdf. 2024年4月29日閲覧.